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紛争後の復興過程にある東ティモールが抱える問題

紛争後の復興過程にある東ティモールが抱える問題


上杉勇司 / Yuji Uesugi   沖縄平和協力センター事務局長


 東ティモールは今なお険しい戦後復興の過程にある。とりわけ、紛争後の復興過程に特有の問題である除隊兵士の市民社会への再統合および民兵と地域社会との和解の2点が、東ティモールの復興を阻みかねない懸案事項となっている。以下では、この2点に絞って、それぞれが抱える問題点を明らかにする。


除隊兵士の市民社会への再統合

 東ティモールの独立に伴い、抵抗運動に参加してきた元ゲリラ兵の処遇をめぐる問題が懸案事項として浮かび上がった。元ゲリラ兵の中には定員1,500名の国防軍に編入された者もいたが、確認されているだけで3万5千名あまりが、恩給や生活保障もないまま地域社会に放り出される格好となった。
 この問題は、社会不安の潜在的な要因と成りかねないとして、東ティモール政府としても、労働・連帯省の退役軍人局を中心に対策に乗り出し現在は元兵士の登録・認定作業を進めているが、慢性的な財政難のために具体的な支援策は講じられていない。他方、国際移住機関(IOM)もFRAP(Falintil Reinsertion Assistance Program)と呼ばれる復員兵士支援事業を展開し、1,037名がその恩恵に授かった。FRAPのスキームは、大工や農業などの職業訓練を施した後に100ドルを5ヶ月間支給し、560ドルの事業準備金を支給するといったものであったが、その有効性と持続可能性には問題があり、支援が打ち切られるまでに職を探すことができた者は極僅かで、彼らの再統合を促すまでには至らなかった。
 この除隊兵士の問題に関しては、国連も国連開発計画を中心に、RESPECT(Recovery, Employment and Stability Programme for Ex-combatants and Communities in Timor-Leste)事業を立ち上げている。RESPECTは、農業開発、地域社会のインフラ整備、職業訓練などの重点分野における雇用創出に主眼を置いた事業であり、基本的には灌漑施設の建設や橋梁の補修などに元兵士を雇用し、彼らの不満が鬱積することを防ぐことを目的としている。つまり、RESPECTはあくまでも応急処置的な不満解消策であり、FRAPと同様に、その持続可能性に問題がある。失業者の一時的な雇用対策から、継続的な雇用を産み出し、産業の振興につなげていくような工夫が求められている。そのためには、雇用対策の観点からだけでなく、中長期的な産業振興の視点から対応を見直し、単純な労働作業員として雇用するのではなく、一部の幹部候補生に対しては、企業意識を持たせ、業務管理論、組織論、経営論などを伝えていくことも必要であろう。
 以上からも分かる通り、除隊兵士の社会再統合は、極めて困難なプロセスである。特に、長年ジャングルでゲリラ戦を続けてきた者の多くは教育も手に職もなく、市民社会での生活経験も乏しいため、きめ細かな指導とフォローアップが必要である。


民兵と地域社会との和解

 ここでいう民兵とは、1999年の東ティモールの独立の是非を問うた住民投票後の騒乱の際に、独立派の住民に対して略奪や虐殺を犯したインドネシア統合派の住民のことを指す。騒乱後、約1万5千名いた民兵の多くは、西ティモールに難民として逃れたが、殺人やレイプなどの重大な犯罪に関与していない者の多くは、その後、東ティモールに帰還した。この帰還した民兵と地域住民との和解を、いかにして実現するのかが、東ティモールが現在直面する今一つの課題である。
 東ティモールでは「受容・真実・和解委員会」を立ち上げ、紛争後の国民和解の問題に取り組んでいる。「受容」とは西ティモールに逃れた民兵の帰還を促す意味があるが、この委員会の具体的な活動は、「真実」の探求と「和解」の促進の2つに大別できる。真実探求は、1974年~99年までの期間に、何が起きたのか、なぜ起きたのかといった事実関係を解明する試みである。
 他方、和解促進では、加害者と被害者間の和解を促すだけでなく、地域社会全体として和解の実現を目指している。ただし、南アフリカのように、罪の告白をしたすべての犯罪者が法の裁きを逃れるのではなく、重大な罪を犯した者は司法によって裁かれることになっており、和解プロセスでは略奪、放火、暴行などの軽微な罪を犯した者に限定して実施され、加害者の地域社会への復帰とともに、被害者の精神的な癒し(ヒーリング)効果をも期待している。和解のプロセスは、司法の能力的限界を補う措置として位置づけられており、和解プロセスで地域社会との合意に達した民兵は起訴を免除されることになっている。和解プロセスの中核に位置するものは和解公聴会と呼ばれ、公聴会の開設は、民兵の自由意志による自己申告制となっていた。2003年10月の段階で1,100名からの申請があり、454名が82件の公聴会に参加した。そのうち89%が和解に達したという報告がある。
 民兵による略奪・暴行が激しかったエルメラ県アトサベで開かれていた和解公聴会に参加した。許し合いを促す東ティモールの言い回しで「ござを広げる」といったものがあるようで、和解公聴会はござを敷いた部屋に加害者と被害者が向き合って座り、その間に「パネル」と呼ばれる数名から成る仲介者が座っていた。ただし、ここでは加害者は「証人」と呼ばれて、謝罪よりも、自分が見聞きした事実を明らかにすることが主要な役割のようであった。また、公聴会には東ティモールの伝統的な儀式の要素も取り入れられ、民族衣装をまとった村の長老たちが部屋の中央に座って話の行方を見守っていた。
 公聴会の印象は、加害者側が犯した罪を悔いて謝罪する様子はなく、むしろ責任転嫁の口上を述べているに過ぎなかった。脅迫されてやむを得ず略奪や暴行に加担した旨を訴える者が多かった。被害者の家族たちは、このようなプロセスでは、悲しみを乗り越えて和解することは難しいと述べていた。また、公聴会に参加した加害者たちは、軽微な罪しか犯しておらず、殺人などの重大な罪を犯した者の多くは、依然として西ティモールに逃れており、和解プロセスでは対応が難しい問題が山積みである。
 和解を促す要因として、真実の解明、許し、正義の実現の3つがあるが、東ティモールの和解プロセスでは、和解公聴会での証言を聞くことによって、真実と許しが取引され、地域が定めた償いを加害者が実施することによって正義が実現すると考えているようだ。しかし、被害者側の救済策なども併せて実施していかなくては、真の和解の実現ではなく、被害者の「泣き寝入り」が実態となってしまい、地域社会の寛容さの許容量を超えてしまう恐れが感じられた。

 以上、除隊兵士の市民社会への再統合の問題も民兵と地域社会との和解の問題も、その解決が非常に難しく、社会の不安定要因となってしまう可能性が高い。この2点を克服しない限り、東ティモールの安定した社会づくりはおぼつかない。2004年の5月には国連も東ティモールからの撤退を検討している。これを機に、国際社会の関心はますます薄れていくであろう。しかし、混乱や騒乱が再発しないためにも、我々は東ティモールを忘れることなく、引き続き友人として協力していくことが切である。