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緊迫する東アジア情勢と米軍の前方展開戦略の行方―グアム協定とQDR2010

緊迫する東アジア情勢と米軍の前方展開戦略の行方―グアム協定とQDR2010


第1回 Security Review(2009年6月25日)
講師:川上高司 拓殖大学教授


 在沖米軍の再編は、変わりゆく日米同盟と東アジア情勢の中でどう進展していくのか。この過渡期にあって、2009年6月25日、 拓殖大学の川上高司教授を招聘し、「緊迫する東アジア情勢と米軍の前方展開戦略の行方ーグアム協定とQDR10ー」と題して安全保障講座を開催した。全5回シリーズとなる同講座の第1回目である。聴衆には、マスコミ関係者をはじめ、自治体職員や一般の方々等、安全保障問題と今後の在沖米軍再編問題に高い関心を寄せる40人近くが集まった。以下に、講演の内容を要約する。


講座内容要旨(以下、文責:大浜勤子・OPAC研究員)

 日米同盟は、締結後の総決算を迎えたともいえる。その背景には、中国を脅威とみるか協調すべきパートナーとみるかといった対中認識のギャップが日米間で拡大しつつあるという現状がある。2009年に入り米国でオバマ政権が発足し、米国と中国との戦略的パートナーシップ構築へ向けた歩み寄りが顕著となる中で、在日米軍再編や拡大核抑止(Extended Nuclear Deterrence)の維持といった同盟関係の基盤が見直しを迫られている。さらに、日本では民主党政権の誕生が現実味を帯びてきた。民主党は、日米同盟についてその柱となってきた米軍駐留を根本から見直すという政策を掲げており、普天間飛行場移設を含む沖縄に駐留する米軍の再編計画に大きな影響が出ることは必至だ。
 米国では、今後の軍事戦略方針の根底を成すQDR(国防の4年ごとの見直し報告)やNPR(核戦略見直し報告)の発表を来年初頭に控えており、その作成にあたって日本を含む同盟諸国への聞き取り等、最終的な調整に入るのも間近と言われている。米国のQDRには、世界的な米軍駐留の形態を見直す側面も含んでおり、日本政府が米軍再編について何か言えるとすればまさに今で、日本にとって一番大事な時期だと言える。また、NPRは、日本にとって核抑止に関わる重要な問題であり、日本がどのように抑止力を確保できるかが肝心だ。
 在日米軍再編計画の確実な実施を取り決めたグアム協定は法的な位置づけとなったが、日本で民主党政権が誕生するとグアム協定の「凍結」という事態が発生する可能性が高い。鳩山民主党は米軍の日本駐留そのものを根底から見直す方針だが、米側がこれに応じる可能性は低く、日米関係は間違いなく悪化する。在沖米軍再編の問題に目を向けると、民主党は普天間飛行場代替施設の県外移設を打ち出し、6月後半に出された米国下院の法案では普天間飛行場の辺野古沖移設に疑問を呈するなど、日米双方で移設問題の先行きが不透明な状況にある。
 日本は、米国、中国とどのような関係を持つべきなのか、20年や30年という短いスパンではなく、100年といった長期的な視野に立って日本の安全保障戦略を考える時期に来ている。

以上の論旨を踏まえ、重要な点について下記に詳細を紹介する。


<米国:オバマ政権>

政権発足から150日が経過したが、依然として60%を越える圧倒的な支持率を誇っている。パキスタンとアフガニスタンでの対テロ戦争以外は、米国は戦争をしないと宣言した。事実、これまでは戦費は緊急時の補正予算に計上していたが、当初予算の国防費の中に組み込んでおり、想定外の戦争を始める意思がないことは明白である。09年夏頃と見られるオバマ政権の本格的始動で、ハードパワーに偏重せずソフト・パワーを重視し、この二つを統合させたスマート・パワーで外交問題の決着を図って行くという現実的路線が顕著になってくるだろう。


<日米中関係>

米中軍事ニアミスと称されるように、09年3月には南シナ海、5月には黄海で、米中間で小競り合いが勃発。一見、米中関係は悪化しているようにも見受けられるが、一方で、両国は現実的な利益に基づいて戦略的に接近している。米中関係は対立と日常的協調という相反した現状にあるが、徐々に国防政策のレベルで二国間の擦り合わせが進行するだろう。これまでは、戦略的経済対話(Strategic Economic Dialogue)と称され経済面に焦点が置かれてきた米中関係は、戦略的対話(Strategic Dialogue)に格上げされ戦略的な協力関係にシフトしている。事実、米中は経済的なMAD(Mutual Assured Destruction:相互確証破壊)状況にある。米中は、相互間で協調していかなければ共倒れになるという認識を共有している。重要なのは、日米間で中国に対する認識のギャップが存在するということだ。かつて、米国は中国脅威論を唱えていたが、2年ほど前からトーンダウンしてきた。米国は、台湾・中国間での戦争はもはやあり得ないし米中は戦略的パートナーであるという認識に立つ。よって日本が中国脅威論を声高に論じることを快く思っていない。


<米国防政策:QDRと前方展開戦略>

QDRで米軍の世界的な体制を見直している時期。そのポイントをあげると、

  1. 現在継続中の戦争を重要視しており、将来的な戦争に備えた計画を立てているわけではない。これまでは、今後の起こりうる戦争を想定して国防計画を立てていた。
  2. 米国にとって今後の海外駐留の形態オプションとして考えられるのは、次の三つ。

(1)ホスト・ネーション(接受国)の問題を考慮し、新しい永久基地の設置。これはおそらくグアム。
(2)前方展開、訓練、本国帰還(待機)という3つのユニットに分け、ローテーション配備。
(3)装備のみを前方展開基地に配備し、実動部隊は有事のみ駐留するという有事駐留の形態。


<日本・民主党政権下での日米同盟の行方と在沖米軍再編>

日本で民主党政権が誕生した場合、日米同盟はどうなるか。

  1. 民主党は日米同盟を重視するが、在日米軍基地の問題は再考するとしている。これはつまり、グアム協定の見直しということだ。協定の破棄となると、クリントン国務長官およびゲーツ国防長官は納得しないだろうし、日米関係が悪化する。民主党政権が出来るのは、協定の事業主体である「政府」として、事業そのものを「凍結」するということになる。グアム協定の事実上の凍結となる。
  2. 普天間飛行場移設に関して民主党の方針は県外移設だが、これを本当に実行するとなると、まず米国との関係の根本的な見直しとなる。次に、中国との関係も見直す必要が出る。そして、核抑止力をどう維持するかという問題がある。

<普天間飛行場移設問題>

普天間飛行場の辺野古沖への移転計画は、最大公約数として考えると、かなりいいところまできたと思う。沖縄の視点から見ると今日の再編の流れは以下のようになる。在沖海兵隊の実戦部隊は5年から10年はアフガニスタンへのローテーション派兵で事実上沖縄にいない。その間に約8000人の要員や司令部のグアム移転を進めて、嘉手納以南の米軍施設の返還を実現する。そこから再度再編交渉をスタートさせる。つまり、沖縄は、取れる時に取れる実を取る。一方、日本政府側の視点に立つと、再編は抑止力維持の問題と直結するので、中国を脅威だと考えるのであれば米海兵隊の沖縄駐留は不可欠となる。